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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)204号 判決

本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。

1 補正後の本件発明の構成要件を分説すれば、

(a) 液体燃料貯蔵器から放出される蒸気状の燃料成分を吸着剤に吸着させ、

(b) その後吸着剤に大気空気を逆流させて吸着した成分を脱着し、

(c) しかして該大気空気の逆流を機関の作動中に所定の最小量の機関への空気流で行なわしめ、

(d) かくして燃料蒸気を機関への空気流の函数である割合で脱着させ、

(e) その後脱着した蒸気を燃焼させる

(f) ことよりなることを特徴とする液体燃料貯蔵器から放出される燃料成分による空気の汚染を防止する方法となるものであるところ、右のうち、(a)、(b)、(e)及び(f)の要件は第一引用例に記載された技術と同一であることは原告の自認するところである。

ところで、原告は、右構成要件(d)でいう「機関への空気流」は「気化器からの空気流を含め機関への全空気流」の意味であるのに、審決はこれを右構成要件(c)でいう「機関への空気流」と同じ「吸着剤を通る空気の流れ」をいうものと誤つて解釈している旨主張し、その主張の根拠として、補正後の特許請求の範囲第二項には、「内燃機関への全空気流の函数としてその流れを制御する」と記載されていること並びに明細書中の詳細な説明の項及び図面の記載は、燃料蒸気の脱着の割合が内燃機関内の全空気流との函数で定められることを明白に示しているという点を挙げる。

成立について争いのない甲第四号証(昭和四七年六月一日付手続補正書)によれば、補正後の特許請求の範囲第二項には、原告主張のとおり「内燃機関への全空気流の函数としてその流れを制御する」との記載があることが認められる。しかしながら、右第二項は本件発明に対して特許法第三八条第三号に該当するものとして本件発明と併合出願された装置の発明に関するものであるところ、右両発明が併合出願の要件を充すからといつて、装置の実施方法と特定発明たる方法とが完全に一致するものでない場合があり得るし、また基本となる特定発明(本件の場合は方法の発明)を解釈するのに、第二の発明(本件の場合は装置の発明)の特許請求の範囲の記載を参酌しなければならないということはない。むしろ逆に第二の発明が特定発明と併合の要件を充すか否かを決めるために、先ず特定発明の要旨を認定しなければならないものであるから、第二の発明の特許請求の範囲の記載から本件発明の要旨を認定すべきであるとする原告の主張は採ることができない。

原告はまた、前記本件発明の構成要件(d)に関連して、明細書の記載(原告の請求の原因及び主張の四、(三)、(1)ないし(4))並びに図面1及び2の記載を挙げ、これらの記載は、燃料蒸気の脱着の割合が内燃機関内の全空気流との函数で定められることを明白に示している旨主張する。

前掲甲第四号証及び成立について争いのない甲第七号証(本件特許公報)によれば、本件明細書及び図面には、原告指摘のような記載のあることが認められる。しかしながら、右記載は本件発明についてのものか、あるのは第二の発明のものについてのものであるかについて判然と区別できないものであるから、これをもつて直ちに(d)の構成要件を原告主張のように解釈すべきものとすることはできず、かえつて本件明細書には被告指摘(第三、二、(イ)ないし(ホ))のような記載があることが認められ、殊に右(ニ)部分、すなわち甲第七号証第三欄第二〇行ないし第四二行には「本発明によれば種々の改良が得られる。」として、圧力平衡弁60、浄化制御弁70(燃料蒸気の脱着が内燃機関内の全空気量との関係で定められるためには必須のものと考えられる。)、高温―低温パージが、被告主張のように、それぞれ同列に記載されているから、明細書の発明の詳細な説明及び図面は、燃料蒸気の脱着の割合が燃料機関内の全空気流との函数で定められることを明白に示しているものとすることはできない(本件明細書中、被告指摘の(ホ)の個所には「希望に応じ……弁制御脱着装置70を……管18中に配置してもよい。」との記載があることが認められるが、前記のとおり弁制御脱着装置70がなければ、本件補正後の第二の発明も実施不能となるものと考えられる。)。

なお、原告は、本件出願はアメリカ合衆国特許出願に基づく優先権を主張してしたものであるところ、通常そのような出願は外国の明細書を翻訳してそのまま出願されるものであり、審査の過程において、特許請求の範囲の記載を特定の具体的構成に補正した場合、明細書の詳細な説明を訂正することが望ましいが、実務上はしばしばこれを放置し、特許庁もこれを容認してきたのであり、被告が第三、二の(ニ)、(ホ)で指摘する個所も不適切な用語法であつて補正すべきものであることは認めざるを得ないが、右記載があるからといつて右記載が本件発明の構成及び実施例の具体的な開示としての意義を失うものではない旨主張する。しかし、外国の特許出願に基づく優先権を主張して出願された特許出願であつても特許法第三六条第四、第五項の要件を充すものでなければならず、従つて明細書の発明の詳細な説明に記載されたところは発明の要旨についての解釈を行なうに当つては充分考慮されるべき事柄である。原告の主張は理由がない。

さらに、補正後の本件発明の特許請求の範囲中には、「大気空気の逆流を機関の作動中に所定の最小量の機関への空気流で行なわしめ、かくして燃料蒸気を機関への空気流の函数である割合で脱着させ、」と記載されており、「かくして」という言葉は結果を表わすものであるから、右の語句中「かくして」の前後において使用されている「空気流」は同じものと解すべきところ、原告は、「かくして」の語は必らずしも常に結果的表現であるとは限らず、しばしば時間的経過、手順の順序あるいは単に「そして」に等しい接続詞として使用されることがあり、本件においては「そして」あるいは「且つ」と同等の意味を有する接続詞として使用されていることは、補正書と同時に提出した異議答弁書の説明から明らかである旨主張するが、しかし、本件明細書の発明の詳細な説明の欄中には、前記特許請求の範囲中の二番目の「機関への空気流」がすべて「機関への空気流」として説明され、「機関への全空気量」と表現されているところは皆無であるところから考えても、「かくして」の語は結果を表現したものであつて、原告が主張するような意味を持つているものとは解されず、特許異議答弁書は右の語の解釈になんら資するところはない。原告は、むしろ特許異議答弁書と同時に提出した補正書によつてこれを明らかにすべきであつたのである。

2 原告は、前記補正後の本件発明の構成要件(c)における「所定の最小量」とは内燃機関内の排気逆圧が所定の値に達した時に初めて流れはじめるように制御された吸着剤を通る空気量であつて、実施例では弁70のオリフイス73で制御された数値である旨主張する。

しかしながら、前項で検討したとおり、前記構成要件(d)における「機関への空気流」が「機関への全空気流」を意味するものとは解せられない。従つて内燃機関の排気逆圧により吸着帯を通る空気量を制御することは本件発明の構成要件を成すものとは認められないから、内燃機関内の排気逆圧が所定の値に達した時に初めて流れる量をもつて「所定の最小量」と解することはできず、それは、導管16、18の径等設計によりあらかじめ選定されたところの逆流空気の量が最小であるとの意味に解釈せざるを得ない。

以上のとおりであつて、原告の主張はすべて理由がなく、補正後の本件発明は第一引用例と同一であるとして、原告の昭和四七年六月一日付の補正を却下した審査官の決定を維持し、補正前の本件発明は第一、第二引用例と同一であると判断した本件審決に違法の点はないから、その取消を求める原告の本訴請求を棄却することとする。

〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。

本件発明の要旨

(一) 補正前の本件発明の要旨

炭化水素蒸気を吸着する吸着剤床からそれに吸着されている燃料成分を機関への空気流の函数である割合にて脱着し、その後これを機関内で気化燃焼成分と共に燃焼させることを特徴とする機関から放出される燃料成分から生じる空気の汚染を防止する方法。

(二) 補正後の本件発明の要旨

液体燃料貯蔵器から放出される蒸気状の燃料成分を吸着剤に吸着させ、その後吸着剤に大気空気を逆流させて吸着した成分を脱着し、しかして該大気空気の逆流を機関の作動中に所定の最小量の機関への空気流で行なわしめ、かくして燃料蒸気を機関への空気流の函数である割合で脱着させ、その後脱着した蒸気を燃焼させることによりなることを特徴とする液体燃料貯蔵器から放出される燃料成分による空気の汚染を防止する方法。

審決の理由の要旨

補正前の本件発明の要旨は、前項(一)記載のとおりである。これに対して、昭和四〇年一二月二一日特許庁資料館受入の米国特許第三一九一五八七号明細書(以下「第一引用例」という。)には、

「液体燃料貯蔵器から放出される燃料蒸気を吸着する吸着材料を収容したフイルタの一側に空気吸入口を開口し、他側内部に燃料蒸気の導入管と導出管を接続し、導出管を内燃機関の吸入管に調節弁を介して連通してなり、機関の作動中に吸着材料に小量の大気空気を逆流させて蒸気を脱着し、その蒸気を機関中で燃焼させるようにした空気の汚染防止方法。」

が記載され、また、昭和四一年四月一四日特許庁資料館受入れの米国特許第三二二一七二四号明細書(以下「第二引用例」という。)には、

「内燃機関の空気清浄器の空気取入口の中に、吸着剤を収納し機関吸入空気が流通するフイルタを設置し、フイルタ中央部に燃料貯蔵容器の蒸気空間に接続する導管を開口し、機関運転時は、該導管の連通を遮断するようにし、フイルタ内を通る機関吸入空気により、吸着蒸気を機関に吸入して燃焼させるようにした空気の汚染防止方法。」

が記載されているものと認められる。

そこで、補正前の本件発明と第一、第二引用例のものとを比較すると、後者の各フイルタにおける燃料蒸気の脱着量は、流通する空気量とある関係を持つことが明らかであるから、この発明に比べ、脱着の割合において実質上の差異があるとすることはできず、その他の構成においても相違するところがないから、本件発明は、各引用例のものとそれぞれ同一であり、従つて特許法第二九条第一項第三号の規定によつて特許を受けることができない。

次に、補正後の本件発明と第一引用例とを比較すると、両者は、

「液体燃料貯蔵器から放出される蒸気状の燃料成分を吸着剤に吸着させ、その後吸着剤に大気を逆流させて吸着した成分を脱着し、しかして該大気空気の逆流を機関の作動中に機関への空気流で行なわしめ、かくして燃料蒸気を機関への空気流の函数である割合で脱着させ、その後脱着した蒸気を燃焼させることによりなることを特徴とする液体燃料貯蔵器から放出される燃料成分による空気の汚染を防止する方法。」

において一致し(脱着の割合についても前記したとおり差異がないものと認められる。)、本件発明では、逆流する空気を「所定の最小量」とした点が第一引用例と相違する。

なお、この特許請求の範囲の項において、空気流については、「機関への空気流」と記載され、「機関への全空気流」とは記載されておらず、さらに、脱着を全空気流の函数である割合で行なうことを裏付けるに足りる構成又は手段についても同項に記載するところがないから機関への空気流は、請求人(原告)が異議答弁書で主張しているように、内燃機関への全空気流の函数として制御されるものではなく、単に吸着剤を通る空気の流れをいうものである。

そこで、右相違点について検討するに、本件明細書の発明の詳細な説明には、「所定の最小量」なる記載はなく、また、明細書全般の記載より機関への全空気流に比し小量であることは認められるが、請求人(原告)が異議答弁書で主張しているように、添付図面73で示すオリフイスで制御される空気量をいうものとは直ちに認めることはできず、一方、第一引用例における逆流空気が小量であることは前記したとおりであるから、この点においても両者に実質上の差異があるとみることはできない。

従つて、この補正後の本件発明は、第一引用例と同一の発明であり、特許法第二九条第一項第三号の規定に該当し、特許を受けることはできない。

それゆえ、この補正は、特許法第六四条第二項の規定によつて準用する同法第一二六条第三項の規定に違反したものであり、同法第五四条第一項の規定によつて却下すべきものである。

以上のとおりであるから、特許請求の範囲(2)に記載された発明について審理するまでもなく、本件出願発明は特許を受けることのできないものである。

なお、請求人は、審理終結通知を受けた後、審理再開申立書及び審判請求理由補充書を提出して特許請求の範囲補正案を示したが、すでに特許法第六四条第一項の規定する期間を経過しているから、補正をすることはできない。また、この補正案に示された発明は、第四図の実施例を勘案すると、第一引用例のものとの差異が不明確であるから、該補正案による補正も却下すべきものと認められる。

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